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キラキラ しゅわな空☆
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キラキラと手話をやっていこう・・・☆
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ろう者と聴者の温度差

2013/05/23 15:45
サークル活動にしても、日頃ろう者と聴者と一緒に

何かやろう!ってことになった時、

なぜだか、いつもろう者と聴者の温度差のようなものを感じる。


私はできるだけ、どちらにもメリットがあるように

何か得るものがあるようにと内容を考えるようにして

(もちろん自分のためにも)いるつもりんなんだけど。

もちろん10人が10人、満足する企画なんて

ありえないから、6、7割の人から喜んでもらえれば

上出来さ、と思いながら内容を考える。

で、今まで、いろいろと企画進行してきたけれど、

ろう者にウケがいいのは「参加交流型」

どこかへ出掛けて新しい情報を得たり、

楽しみながら交流できるような企画。

しかし、この形は聴者にはあまりウケない。

理由としては、「まだ交流できるほど手話ができない」

とか、単に出掛けるのがめんどうとか、

集団行動は苦手とか、企画内容に興味がない

などなのかなー?

では聴者にウケがいいのは、まさに「手話の学習」。

DVDを見ながら、手話の分析をしたり

表現方法などを工夫したりなどの手話の勉強。

だけれども、こちらはあまりろう者にウケない。

この温度差が、いつも私を悩ませてきた。ずっと。

私にとっては、どちらも大切な内容だから

どちらにもお互いに積極的に参加してもらえるのが

一番嬉しいのだけれど、ね。


でも・・・最近気づいたのは、「思い出」の大切さ。

昨日、サークルのイベントで

何人かのろう者に久しぶりに会った。

久しぶりに会って心弾み話が盛り上がる人と

まあ、それほどでもない人といて、

その違いはなんだろう?と

考えると、その人と特別な思い出があるか

ないか、の差だと気づいたの。

久しぶりに会うと、思い出話に花が咲く。

あの時、面白かったねー、楽しかったね、って。

思い出は一生ものなんだなぁ。

思い出をもっと作りたいなぁ、楽しい思い出をー

って感じた一日。


なぜだか、最近頭の中で呪文のように唱えている

「おもしろきこともなき世をおもしろく」

高杉晋作の言葉。

企画進行は、大変なこともあるけれど

おもしろきこともなき世を

おもしろくできるような企画を作って

楽しい思い出をたくさん作ろう、と思った昨日でした(^-^)










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しんねんど

2013/04/10 13:08
早や新年度スタートとして怒涛の早さで過ぎ去っていく日々。

どんどんスケジュールが埋まって行き、タッチの差で同日に重なったお誘いを断る時の、やるせなさ。
一日が48時間あればいいのに、とつくづく思う。

だけど、気持ちはあっても身体は一つ。
最近、体力も落ちてきたような気もするし。
無理せず、清々しく日々過ごしていこう、と心に言い聞かせる。

最近はFB中心になってしまっていたけどこちらのブログもそろそろ再開しよう。
初めての携帯からの投稿なので、
今回はこれくらいで。

ご覧になってるみなさま新年度もよろしくね(^ ^)
iPhoneから送
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仲良くする技術

2013/01/28 17:33
ずいぶんと、御無沙汰しておりました〜m(__)m

いつもご覧いただいている方、ありがとうございます。

な、なんと新年の挨拶もしておらぬ〜(^_^;)


遅ればせながら・・・・どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。


さて、今日は久しぶりなので、ちと長文ブログでも書こうかなっと!


年明けは、久しぶりにの〜んびりと過ごしたのですが、

昨年末に、i phone5に機種変したものだから

ほとんど暇なときは携帯いじっていました。


FBも登録し、ひさびさの友人とFB上で再会して、楽しんでました。


自分のFBに「いいね」がつくとうれしいのですが、

反面「いいね」にいつの間にか惑わされてしまっている自分がいて、

なんか情けない気がするのは私だけでしょうか?

ま。いいんですけどね。

いろいろ意見はあると思いますが、

やっぱりどんなに時代は変わっても、人間は人とつながりあっていたい

生き物なんだな〜と、つくづく思いました。

そう、もちろん私も。やっぱり、人間が大好きだもの。

とはいえ、一番難しいのも人間関係ですよね。


つくづく、本当に人間て複雑で、

最終的には感情で生きているから

理屈じゃ割り切れない動物だと思いますね。。


昨年から、私は心理学を学んでいて

今後、もっとその分野を深く追求したいと思っているのですが

今年しょっぱなから(厳密にいうと昨年末から)

同じ目的を持った方がたとの出会いがあり、良いひとときを

過ごすことができました。

・・・で、とにかくその道の本を読まねば、と意気込んでは

いるのですが、ホントにめいいっぱい忙しくて、思うように

読めていません。

ま、今月は仕方ないか・・・(^_^;)


そうそう、出会いと言えば、今年になって鉄道好きなろう者との

出会いもありました。

実は私の父は、元国鉄マンの駅長をしていたので

実家には、国鉄時代の昔の駅員グッズとか

廃駅になった駅名のプレートとかたくさんあるんです。

それを話したら、「いいな〜。」っていわれて、

母は、さび付いてるし邪魔だから少し捨てようかな〜って言ってるんですけど、

って言ったら目を丸くして「ダメダメー!とっても貴重な品なんだよ」

と教えて頂きビックリでした。


母に借りて展示会でもしようかしら〜なんて、思ったりもしてますけど

そんなことできるのかしら?


さて、本題にはいりますが、

今日のブログテーマでもある人間関係についてです。


まだ、心理学を学び始めて1年弱、かじった程度なのですが

それでも1年前の自分と比べると随分とヒトを見る視点が

変わったな〜と感じます。


人は最初、付き合い初めは、お互いに気を使い、建前というか

上辺だけでつきあうのでいいところしか見えませんが。

しかし、だんだん付き合いが長くなったり、一緒にいろんなことを

やっていくと必ず欠点とかいやなところが見えてきます。


あ、でも手話通訳の世界では、いきなり最初から

いやーな感じ悪さを露骨に出してる人、結構いますよね。

それって、なぜなんでしょうね?追究してみる価値ありかもしれませんね。


・・・で、話は戻りますが、欠点は誰でも持っているもので

裏返せば長所も必ずあるので、できるだけそちらを見て

欠点はお互いさまと割り切り目をつぶる、という方法が

一般的なのかと思います。

そうやって、少しずつお互いの距離感を築いていき

ちょうどいい距離でつきあえれば長く上手くいくのかもしれません。


ただ、それまでがね〜人によっては大変なんですよね。

今回は、「攻撃的な人」についてです。

「攻撃」とは一つの防衛本能なのかなと思いますが、

なぜにそこまで攻撃的なのかな?と少し、ラインを超えている方が

結構、身の回りにいませんか。

私は以前は、そういう人、本当に苦手で、避けて関わらないようにするしか

ないと思っていました。


ま、今でもそれしか方法がない場合が多いですけど

でも以前と少し違うのは「どうして攻撃するのだろう?」と

一歩客観的に、時間をかければ俯瞰的に見られるように

なったことです。


そして、その方は攻撃することで自分を守らなければならない環境で

育ってきたのだろうと思うと、かわいそうに思えてくるのです。

例えは悪いですが、野良猫は警戒心から最初はなつかず、

攻撃的です。でも、愛情をかければ優しくなり落ち着いてきます。

それと同じなのかなと思います。

きっと、何か(いじめとか)過去にあって、攻撃という形で反応してしまう、

それが習慣化してしまったのではないかと思えるのです。


私の場合は、何か一瞬ムカッとくる事があったとしても

次の瞬間に、

「人間は何に怒るかで価値が決まる」と思い直し

常にイライラ気味に怒っていたり攻撃している姿を見られるのは

恥ずかしいし、人格的に愚かに見られてしまうという理性が働きます。

それに、最近では、人を攻撃してその後の関係が険悪になってしまう

事の方が損害が大きいなあと最近思うようになりました。

たしかに、若いうちは正義感が妙に強くて

自分の正しさを主張したいという思いで人を攻撃してしまうような

ところがあったかもしれませんけど。

若気の至りでしょうか?(^_^;)


ともかく、正義感をふりかざし、正論をつきつけても

逆効果なのだという事が、心理学的にも歳の功でもわかってきたのです。

「正義感」も時と場合ですね。

どれほどの意味があるか・・・よくかんがえなければ。


人間はたとえ正論でも、突きつけられると否定されたとか攻撃されたという

思いしか残らないですから。

相手に非があったとしても、よほどのことがない限りは

認めてあげて、求められればアドバイスしてあげるというほうが

結果的に正しくなり、感謝されるのかなと思います。


人と討論して勝つ技術を身に着けるのは、政治家や弁護士だけで

いいのではないでしょうか?


一般人はできるだけ仲良くする技術を身に着けていった方が

得になることがはるかに多いと思います。

心身ともに幸せで健康にいられるという、福もありますしね。


それができない人は、一体なぜなのか?

なぜ、そこまで人を攻撃するようなことを繰り返してしまうのか?


不毛な人生にならないためにも、大きく言えば平和のためにも

個人を分析した方がいいかもしれません。















 
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しあわせを見つける能力☆

2012/12/28 15:35
今年もあと3日。。

早かったな〜ホント。

いろんなことがあったな・・・・


楽しい事、辛かったこと、苦しかったこと、

うれしかったこと、感動したこと、悔しかったこと、

ドキドキしたこと、腹が立ったこと、意外だったこと

ありがたかったこと、おもしろかったこと・・・・

結構、毎日が刺激的だったかも。。


一番つらかったのは、さくら(愛ネコ)との別れ。。

まだ、毎日思い出してはウルウルしてる(T_T)


でも、今年はいつも以上に、才能ある人や計り知れないほどの

潜在能力がありそうな人やユニークな人たちとの出会いがあった(^^♪


別れがあれば出逢いもあり・・・

そういう人たちとの出会いや、またいろんなところでたくさん学べたし、

そのおかげで以前より深く、そしてあらゆる角度から物事を

考えることの大切さを教えてもらったのが今年の収穫。

本当に、感謝(^^)/

そして、今年は「人間って何?」を自分なりに追究してきた。

DNAとか脳とか文化とか宗教とか言語とか心理とか科学とか


たくさん学んで・・・頭の中いっぱいいっぱいだけど・・・


自分なりに悟ったこと・・・


それは・・・どんなことでもいい!

自分が好きなこと興味のあることを

ずっと追求し続けていけば

それがいつかは学問となり文化となっていくんだね。

科学でも芸術でも仕事でもスポーツでも、料理でも遊びでも・・・

ホントにくだらないことでも何でもいい!

日々の生活の中に自分の好き!を見つけ

追究していくことの大切さ。

それは、どんなに人間が進化しても変わらない

普遍的なことなのかも。

何かを追究していくこと・・・

それが、「人間」なのかもしれないって。

追究するものがない人が一番不幸なのかもしれないって。

そう感じた。


そして、しあわせを見つける能力・・・

これがあるともっといい。。と思った。

来年はもっと見つけていこう!
っと!




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心を創り出す脳☆

2012/12/21 21:42
今日は、今年最後のスクーリング1日目。

「人間とは何か」「心とは何か」「脳の感覚と認識について」

・・・1時間目の最初の授業で、

「科学者や研究者アリストテレスもダーウィンも

ラマルクもメンデルもみんなみんな、

最初は全く周りに理解されませんでした。」っていきなり。


昨日の、ブログで「私もいつも最初は全く理解されない」って

書いたばっかだったのでなんか・・レベルは違い過ぎるけど

妙に親近感がわいてしまった(^_^;)


まずは仮説をたてて、それを証明するために

研究していく。自分を信じて・・・

周りからは全く理解されなくとも。

すごいな、研究者って。。ステキ!(^^)!


2時間目は「心」について。

心ってなんなのか?

知性・感情・意志であり、「感覚」は重要な因子。


昔は心は心臓にあると思われてきたようだが

心臓移植ができるようになった現代は、心が心臓にあると

思う人はほとんどいない・・・

心はどこにあるのか・・・

脳が心のあり方に大きな影響を与えている・・・(教科書より)


3時間目からは、脳のしくみについて。

人間ってすごいよ。。つくづく。。


なんて、精巧にできているんだろう(゜.゜)

ニューロンもシナプスも、すごい!

でも、使わないとどんどん退化するし

使えば使うほど強化される。

「可塑性」っていうんだって。

わかってはいたけど、今日学んでまた改めてはっきりと

わかった。。

そう、使えば使うほどに強化されるんだよ・・ね。

もっと、使わなきゃね。。(>_<)


明日は、脳と言語と文化について。

いよいよだ・・・。。(^^)/

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来年の道☆

2012/12/21 00:14
今日は仕事帰りに、本屋に立ち寄り立った☆

まず、目に着いたのが来年の占い特集の数々・・・。


ま、参考までに数冊、立ち読み・・・


ふんふん、どれを読んでもほぼ同じような内容が書かれていた。

まず、私の基本性格。

『豊かな感性と可能性にあふれたユニークな性格だが

まわりは、その感性があまりに「高い理想」に思えたり

突拍子のないことのように感じたり、先を進み過ぎているため

ついていけないことが多く理解されないことも。』

・・・・この時点で、当たってる〜〜〜☆

いつも「あなたには、ついていけない」とか「先を行き過ぎる」って言われる。

私はいたって、真面目だし、すごく合理的な答えを出していると

思ってるんだけど、なんか理解されないなってことよくある・・・・(^_^;)

でも、だいぶ経ってから「あなたが言ってたことがやっとわかった」って

「やっぱり、あなたの言うとおりにしてみたい」とか何人かの人から

言われたこともある。


だから、そういうパターンは、最近では慣れっこになってしまって

「すぐにわかってもらえなくてもいいや。」って、

最近は全く気にしなくなってきたけど・・・。


・・・でも、占いの続きは・・・

2013年は、今までと違いそんなあなたを理解してくれる人が

まわりにたくさん集まってきます。また、理解はできないけどあなたの背中に

ついていきたいという人が集まります。細かい事は気にせず、

あなたらしくのびのびとあなたの考えに自信を持って発信し

臆することなく突き進んでください・・・」てなことが

どの本にも書かれていた。。

ひえ〜〜(゜.゜)

っていうか、「別に私は私だし、理解されようが理解されまいが

自分の思いに素直に進もう」といつも思ってて、

そんな中、来年やりたいことも具体的に見えてきてて、

今月初めにまたミラクルがあって

来年やろうとしていることをすでにやっている人とひょんなことで出会いがあり、

情報も頂けたので、来年はさっそく行動開始という状態で。(わくわく)

なんか、これからは自分なりにそっちの方向に進んでみようかな

とかすかに頭の中で描かれている道があって。。

まわりに理解者が集まってくる・・ことは考えていなかったけど。。

でも、本音をいえば理解者がいてくれたら、やっぱりうれしいな。。

一人であれこれ考えていると、正直きついな〜って

誰かに話したいし、アドバイスもらいたいし・・・

でも、どうせわかってもらえないだろうな・・・

というのが、今までのパターンで。

あんまり、自分の思ってること感じてること

たくさんは話さなかった。


ま、とにかく、来年はもっと1ッ歩2歩と突き進んで

自分の道を歩んでいきたい!!と、

それで、いいんだ・・・(^^)/


・・・と意を新たにし、今日は実用的な書とコミカルなサイコロジックな本を

買って帰った。
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超大物に通訳☆

2012/12/19 00:57
先日は、手話業界で有名な超大物のあの方に

向けて通訳してきました☆

緊張したな〜☆


その方が、以前、通訳者の間違いというか対応の仕方に

すごく怒っていたところを見たことがあったので、

粗相がないようにと変な緊張感が。。。


でも、冷静にいつも通りに・・落ち着いて落ち着いて・・

正確に、意味を捉えながら頭の中でしっかりイメージしながら

通訳するように心掛けて・・・

3時間の中身の濃い長丁場の通訳で、相方の方はへとへと気味だったけど

なんか私、アドレナリン全開だったみたい(゜.゜)

終了した後、やりきった感があって、ひさびさ通訳で快感味わった(^^♪

・・・・と思っていたら2日後にどっと疲れが・・・(翌日じゃなく・・・)

やっぱりかなり緊張してたんだわ(*^。^*)


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教わる☆

2012/12/10 01:23
今週末は、とっても有意義な週末でした。

手話をた〜〜〜くさん見れたし、たくさんいろんなことを

教わりました。

それにしても・・・・

ろう者の手話ってさまざまだとつくづく感じます。

対応手話と日本手話が違うのはあきらかだけど

日本手話話者の中でも、世代とか男女差とか

ゆっくり話す人、落ち着きなく話す人、理路整然と話す人とか

シャイな人はしどろもどろな感じだったり、

要するに聴者も同じで、同じ日本語話していても

しゃべり方が違うのと同じ。


よく、手話は「聴者ではなくろう者に学ぶべき」と言われます。

私も、その方がいいと思っていましたが、最近少し考えが変わってきました。

自分の手話学習経歴を振り返ってみると・・・


日本語対応手話で話す講師、声出し手話で話す聴講師、

日本手話指導のろう講師、コーダの講師、日本手話を理解している聴講師

地域のろう講師、地域で鍛え上げられた?聴講師、と実にさまざまな

講師に教わってきました。


今思うと、それぞれに良さがあったように思います。

もちろん、悪い面もあります。

(ろう聴限らず、あとで、間違いを教えられたと知った時はショックでした)


でも・・・今まで、そして今も手話が言語として確立しておらず

ろう者は、昔は手話は禁止といわれて育ったのに

時代が変わり、突然手話を指導する立場に立たされて

とまどいながら指導しているろう講師もいることでしょう。

手話教材も少なく、そんな中で手話を学び、通訳になって

いきなり指導する立場になった聴講師もたくさんいることでしょう。


それを思うとほんとうに大変だったと思います。

私は、そんな不完全な環境の中で手話を学んできたと言えるかも

しれませんが、それでも今、ろう者と楽しくコミュニケーションして

通訳もやらせていただいているのは、今まで教えて下さった講師たちの

おかげだと思います。


ただ、これからは手話が言語として確立していく時代に入ると

指導者はろう者がいいとか聴者がいいとかではなく、

ろう者でも聴者でも、しっかりと指導者としての知識、教養を持ち、

手話とは何か?コミュニケーションとは?通訳とは何か?を

理解し、常に手話指導について研究しているような講師が求められて

くるのだろうと思います。

ろう者の手話を見本・お手本・教材にしながら

指導するのは、ろう者でも聴者でもよいのではないか

それぞれに指導の役割があるように思います。

私は、聴者に学びたいと思った時と

ろう者に学びたいと思った時と、コーダに学びたいと思った時と

その時々で変化があったように思います。

その時、自分の求めていることにあった指導者、

指導者との相性というのも大切かもしれません。

やっぱり、いろいろな指導者がいた方がいいのかなと

最近思います。

今の私の求めている指導者は・・・

性別、年齢、地域関係なく、さまざまなたくさんのろう者たちです。

もっともっとたくさんの手話に触れて学んでいきたいです(^^)/


そして、翻訳力、日本語力、超訳のできる聴講師

に学んでみたいです


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スポット☆

2012/12/07 23:52
今日は、とある講演会の手話通訳。

まだ、少し咳が出るので心配だったけど

のど飴なめて喉をうるおして、しっかり前準備。


講演者はさすが、元アナウンサーだけあって

滑舌はっきりしているし、話し方が丁寧で

久々にとっても通訳しやすかった〜(^.^)


でも、会場見たら知ってるろう者は誰もいなかったから

いまいちやる気ダウン(>_<)

でも、会場のどこかに知らないろう者がいるかもしれないし

と、気を取り直し通訳全開!


途中、映像上映で会場は真っ暗。。。

手話通訳だけピンスポットに・・・

うわ、、ま、まぶしい=(^_^;)

スポットの光に浮かぶ「ホコリ」がくっきり・・・

あ、、やばい!

ホコリ見たら急に喉がおかしくなってきて・・・


「コホッ、コホッ」舞台通訳やりながら軽く咳き込んでしまった(^_^;)

まずい・・・咳き込みをぐっとこらえて、なんとか静めて

やり終えた・・・ホツ。。

あ〜、手話通訳者は風邪ひくのはご法度!

もっと、のど・鼻の免疫力つけなくちゃな〜。。


家に帰ったら、知人からメールが・・・


「今日、会場で通訳見ました。とってもわかりやすかったですよ」って。

そうかな〜(*^。^*)

でも、ほめられたら素直に喜ぶべし!

また、がんばろ!
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やっぱりたのしい☆

2012/12/06 00:13
12月になってしまいましたね。

1日は、横浜の方で毎年行われている

手話弁士付映画上映会を見に行きました。

毎年見に行って、今年で3回目になりますが、

年々バージョンアップしています(^。^)y-.。o○


私の中では、年中行事になっていて、

この上映会を運営企画している方ともすっかり

仲良くなってしまいました。

「毎年、上映に至るまで本当に大変なのよ〜」って

苦労話や裏話なんかも教えてもらったりして

そのパワーや情熱にも感動しちゃいます(^^)/

「また、来年も楽しみにしていますウ〜」なんて

もう来年の楽しみの一つになっているんです(^.^)


翌日2日、3日はダブルで通訳が続き、昨日をおいて

今日は講習会の助手。

毎日、通訳の内容も会場も対象者も変わるので

飽きることがありません。

やっぱり、通訳は楽しいです。

私は、一つのところにじっとして仕事をするのは

向かないんだろうと思います。

毎日、移動していろんな所に行って通訳をすることが

性に合っているのかなと最近感じます。


今日の手話講習会は、聞き取り通訳の練習。。

受講生の皆さんが一生懸命通訳の練習して

少しずつ通訳ができるようになって読み取れるようになって

上達していくのを見るのもうれしいです。

講師から「通訳の立場としてアドバイスして」ってよく

振られるのですが、なかなか的確なアドバイスが

できていない気がして・・・

受講生の皆さんは、大きくうなずきながら

メモを取ったりして聞いてくださっていますが(^_^;)

人に教えるのって難しいなとつくづく思います。


今日は、「通訳ってやればやるほどおもしろいんですよ。

だから、通訳者はなかなか辞めないんですから」って

お話させて頂きました。


ほんと、通訳だけで生活出来てる人ってほんの一握りで、

ボランテイアとか出費も多いのに・・・辞めないのは、やっぱり

魅力があるからなんだろうな。。


7日、8,9日とまた手話な日々が続きます(*^。^*)

とっても楽しみな3日間なのです。。。(^^♪
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再開☆

2012/12/03 12:08
コメントやメッセージを下さった方、返信お待たせして

すみません。


ずいぶんと楽しみに読んでくださっている方がたくさん

いらっしゃると知り、素直にうれしく感じました。

結果・・・いろいろと考えた末、こちらのブログも

継続することにしました。


私事ですが、手話にかれこれ20年ほど関わっていますが、

本当に奥深くて次々といろんな疑問がわいてきて

ここ10年ほどは特に、霧の中を模索しながら歩いている状態でした。。

でも、今年決心して大学で人間のこと、特に心理学について

学び、うっすらと霧が晴れていくのを感じ始めました。

私がモヤモヤとしていたことは何なのか、自分で自分の気持ちが

わからない時もあったりして・・・・

でも、大学の授業で精神分析や交流分析のことを学び、

「あ、これだ」と一筋の光を感じました。

私が、知りたかったのはそのことだと・・・。


先日の心理学のスクーリングで授業が終わった後

先生に個人的に質問をしてみました。


本当に「さすが!」と思うほどの的確なアドバイスを頂き、

私の気持ちは一気に前に進みました。


そんなこともあって、ブログでもっと自分が奥深く感じてることを

記録として残していきたいと思うようになりました。


また、IPADでアップしたいというのもあって

そちらに引っ越そうと思ったのですが、

そちらのブログは、完全に私の個人的な主観的な内容なので

一部知人のみの公開にすることにしました。

今後は、研究というと大げさですが

心理的なことをライフワークとして模索していく予定です。

もっと、きちんと勉強して確かな確信が持てたときに

公開できるようになりたいです。


・・・・・というわけで、こちらのブログは今まで通り

日々の手話に関するつれづれなることを綴っていきたいと

思います。


コメント、メッセージ下さった方、お手数おかけして

ごめんなさいm(__)m

また、よろしくお願いしますね。。


・・・・というわけで、さっそくですが、

最近読んだ本について。。

平野啓一郎の「私とは何か」「個人」から「分人」へ

は、みなさんは読まれましたか?

私はおもしろくて一気読みしちゃいました。

納得度は60%です。

10%は、そうかな〜?という疑問府。

30%は理解不可能でした。

確かに、手話で話しているときの自分、音声で話しているときの

自分、また相手によって自分は多少変わります。

でも、すべてが自分なんだと思えば、

ずいぶんと人間関係が楽になるような気がしました。


平野啓一郎さん、しばらく目が離せなくなりそうです(^。^)y-.。o○
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うっかりしていました(>_<)☆

2012/11/15 23:53
コメント下さった方、ありがとうございますm(__)m

こんな私の下手くそなつたないブログに

共感して下さる方がいてうれしく思います(^.^)


ところが・・・ごめんなさい、私、勘違いしておりました。

このブログにはコメントに個別に返信する機能が付いておりませんでした。

なので、面倒ですが、右側のサイドバーにある「メッセージを送る」を

クリックしてメールをくださるか、逆にみなさまのブログタイトル(URL)を

コメントで送って下さればこちらから返信いたします。

その際のコメントは非公開にしますので

ご安心くださいませ。


実はもう、すでに引っ越し先で、ガンガンに書きまくっております(^_^;)


今度は、手話だけでなくもっと広い視野で

いろいろ日々感じたことや

ささやかな出来事を書いていきたいと思っています。

よろしくお願いします(^^)/
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引っ越します☆

2012/11/13 00:35
もっとブログを快適に更新していきたいと

前々から思っていて・・・

この度、別のところへやっと引っ越しすることができました(^^)/

これからは、もう少しまめに更新できるかなと思います


こちらのブログアクセス数は200件、300件と

伸びてきていて、「手話」に興味のある方に

ご覧いただけているのだろうとうれしく思うと同時に

少々恥ずかしくもありました。


つたない文章で、なかなか思うように伝わらないことも

多々ありました。

誤解されるような文章もあっただろうと思います。

日本語ってつくづくむずかしいなと思います。

ハッキリ書くとキツクとられたり・・・あいまいに書くと

よくわからなかったり・・・

これからも、思ったこと感じたことを自分目線で

書いていき、伝える力を磨いて切磋琢磨できたらいいな

と思っています。

今まで、読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。

引っ越し先は、コメント、またはメッセージを下さった方のみに

お知らせしたいと思います。

それでは、またお会いしましょう(^^)/
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台北ろう学校☆

2012/11/10 15:19
なんかよく分からないまま、仕事で台湾に行ってきました。

家の仕事を手伝って10年になるのですが

正直、仕事の内容は理解していないというか

興味がないので覚えないというか・・・

でも、生きていくために頑張って手伝っています(^_^;)

・・・で、主に中国やヨーロッパから商品の仕入れを

しているのですが、中国と日本の関係が今、微妙なので

今後台湾からの仕入れを検討するために台湾の、ある工場を

見学に行ったのです。

・・・で、私もついて行ったのですが・・・

ん〜〜、いっぱいいろんなことを感じました。

書きたいことは山ほどあるのですが、

あるイベントのお手伝いで

今はゆっくりブログを書く時間がないので

あとでゆっくり書くことにして・・・

仕事のついでに、台北ろう学校を見学してきたので

とりあえず写真だけアップします。

実は私にとっては仕事より、ろう学校の見学の方がメインだったりして・・・(^_^;)

なんと・・・このろう学校の創設者は日本人なんです。

とっても広くて立派な学校でした。。。

・・・で、またまたミラクルなことが・・・

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昨日、イベントの練習の後、一緒にやっているろう者・聴者と

ささやかななお疲れ様会をしたのですが

隣に座ったろう者が・・・なんと子供のころに台湾に住んでいて

台北ろう学校を卒業した!と言う話をするではありませんか!

「え〜〜えッ!!私、3日前に台北ろう学校を見学してきたよ」

って言ったらすごく驚いていて(@_@;)

も〜〜ほんとビックリ!

これも偶然なのか?必然なんでしょうか?

あ〜〜、それにしてもたくさん書きたいことがあるけど・・・

また次回に・・・
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偶然か必然か?

2012/10/28 23:01
3日間、大学のスクーリングでした。

スクーリングは、だいたい月1ペースなんですが、

本当に不思議なことが続いています。

スクーリングの内容に関する出来事が

必ず受講の1カ月の間に起きたり、人から聞いたりするんです。

偶然なのか?必然なのか?ビックリです・・・(@_@;)


今回は「行動科学」の講義だったのですが、

1回目の授業で、脳の構造の話がありました。

いきなり先生が、「みなさんは、見ているのは目だと思って

いますよね。 実は見ているのは目ではなく脳なんですよ。」

と話されました。

「目は、単なる感覚器であってそれを通して脳まで入ってきて

初めて「見える」んですよ」と話されました。


ひえ〜〜〜でした。イスから転げ落ちそうになりました。


なんで、いきなりその話なの〜!と思いながら

その後も授業はあまりにミラクルな話ばかりで鳥肌が立ちました。


・・・・10月の初旬に話は遡りますが

あるイベントに一人で参加したとき

たまたま隣に座っていた方と仲良くなりました。

帰りに一緒にお茶をしたら、初対面だというのに彼女が

「実は以前、うつ病になったことがあって・・・」と

その時のつらい状況を詳しく話してくれました。


今は、すっかり良くなったとのことですが、

聞くと、彼女は私と性格が全くの正反対で、言いたいことが

ハッキリ言えず我慢してしまうタイプ。

「何かを決めて」と言われると、とってもプレッシャーを感じ

気が重くなるんだそうです。

「できれば、全部決めてもらって、それを手伝う方がいい」と言うのです。


次は10月半ば、久しぶりにママ友と飲み会を開きました。

それぞれ職場の人間関係の悩みの話。

一人の友人は、職場の同僚が夜中に

何度も泣きながら電話をかけてきたり

一緒に飲みに行っても「もう、いつ死んでもいい」というような

ネガテイブな会話で、その人の話を聞くのは重くて嫌になってきたそうです。

それで、その後飲み会に誘われた時、きちんと理由を言って断ったのに

急に手のひら返したように態度が

冷たくなり、その急変ぶりに驚いたという事でした。


もう一人の友人は、職場に虚言癖のある後輩がいて

どうでもいいようなくだらないウソを繰り返すので

その度にイライラしてしまう、という事でした。

どうしてそんなウソを平気で言えるのか

全く理解ができないと、私たちも「何故だろうね?」と考えてもわかりませんでした。

また、サークルの仲間から「最近の人は、最初から負けとわかっている

勝負には参加しない人が増えている気がする」とメールを

もらいました。

確かに、そうかもしれないな〜と思いました。

また、ある人は

「みな、自分を守ることだけに徹しているよね」と話していました。


・・・・・で、今回の講義内容ですが、脳の話から

ストレスの話になり、フロイトの無意識・エス・超自我

そして、うつ病の話。。。

まさに、初対面の彼女の話していた内容がそのまま・・・


次に、驚いたのが「パーソナリテイ障害」の話。

現代は、このパーソナリテイ障害なのではないかと

思われる人が非常に多いとのこと。

例えば、夜中に電話して来たり、自殺をほのめかしたり

誘いを断ると態度が急変するとか、

白か黒か、いいか悪いかの判断しかできない人、

他者との関わりを極力避ける人、孤立した人

人の注意をひこうと誇大表現や虚言を繰り返す、

恋人に見捨てられないためにメールし続ける、

ちょっと意見されただけで否定されたと過剰に反応する、

「やる、やる」といいながらやることが遅い、

しょっちゅう遅刻をする、ドタキャンをする、

不安や恐怖を感じやすい、拒絶されることに恐怖を感じて

意見を言えない、いつも怒っている、癇癪をおこす、不適切な怒り

・・・・などなど他者や社会になにかしら支障を与える人が

とっても増えているのだそうです。


まさに、前段で出会った人のうつの話や、ママ友、サークル仲間から

聞いた話が、次々と授業の中で出てくるので驚きました。

すごい偶然(@_@;)でした。。


それにしてもパーソナリテイ障害と思われる人は

私のまわりにも今まで出会ってきた人にも

いるいる・・・と思いながら聞いていました。

そういう人への対処法は、まずは相手に振り回されないこと。

そして、相手の欲求にできることとできないことをはっきり示すこと

と学びました。


私は日頃、多くの老若男女の方と接する機会が多いので

とっても参考になる話ばかりでした。

原因は、母親や家族、社会環境の影響など

さまざまな要因があるとのことですが

やはり人間関係の希薄さが大きな理由なんじゃないかと

思いました。


私は、どちらかというと・・・もう少し自分を守った方が

いいかなと思う位(笑)、素直に思ったことを言ってしまって、

そのために失敗したり誤解されてしまうことも多いのですが、

でも、だいぶ経ってから「あの時あなたの言ってたことが

やっとわかったよ。あなたの言ったとおりだったね。」と

言われることもよくあるので、その時はわかってもらえなくても

いつか分かってくれればいいかな・・と最近は思っています。


今回の講義を聞いて、

つくづく心の健康のためにも、素直な自分のままでいたいと思いました。


こちらとしては、決して人を否定したり傷つけようとしていなくても

相手がパーソナリテイ障害だった場合、非常に敏感に受け止め

傷ついてしまうことも多々あるのだとわかりました。


そして、増加しているうつ病やパーソナリテイ障害の人に

もっとおおらかに接していきたいと思ったのでした。



・・と、余談ですが隣の席に座っていた女性が

元女優の桜井幸子にあまりに似ていて、

声も桜井幸子のあのやわらかな声そっくりで・・・

本人じゃないかな〜と、絶対そうだ!と

気になってチラチラ見てしまいました(^_^;)

これも、偶然か?必然?かな・・
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脳で見る言葉・・・そろそろ☆

2012/10/26 01:16
私が、脳で見ている感じがするというのは、

主にろう者が使用している日本手話というものです。

中途失聴者や難聴者が使用しているといわれている

日本語対応手話は脳で見ているという感じはしません。

それは、ほとんど中途失聴者・難聴者は声で話しながら手話

をされることが多いというのもありますし、

声のない方でも、口形とか語順が日本語のまんまなので

音声言語と同じ感覚に感じます。


ある中途失聴者の方は、私のブログを見て

「私にとっては手話は目で見る言葉だ」と

言われました。


「そうなんだ。」と思いました。

知人に話しましたら、その人の話す言語や手話により

脳の受信回路が違うので、

人によっては「脳で見る」感覚だったり

「目で見る」という感覚だったりするらしい、

と教えてもらい「なるほど」と思いました。


また、自分なりに脳の言語野の勉強を

してみようと思いました。



・・・と、このように日本語対応と日本手話は違うとかいうと

排除しているとか否定していると捉えられてしまうことが

多いのは何故でしょうか。

どっちがいいとか悪いとか評価しているわけではなく

ただ違うね、と言っているだけなのに。

聴者の私が使用していても、見るときも話す時も明らかに

感覚が違うんです。

それは、何度も何度も自問自答してみても

使用している脳が違うと感じるんです。

日本語対応手話はいつも話している音声日本語と

ほとんど同じ感覚です。

だから、最初は日本語対応手話は楽だな〜

ろう者もみんな日本語対応手話で話してくれれば

楽だし、その方が多くの人に通じるからいいんじゃない?

と単純に思っていました。

でも、日常会話は日本語対応でも大丈夫なんですが

だんだん通訳を経験していく中で、

日本語を日本語対応手話で通訳することが

本当にむずかしいことに気付いていきました。


だって、日本語単語と手話単語の持つ意味や概念が

かなり違うものが多いからです。

日本語そのままに対応できる手話単語って

想像以上に少ないのではないでしょうか?

数えたことはありませんが。

日本語対応手話で通訳していると途中で手が止まってしまう

感覚になってしまうのは何故でしょうか?

日本手話の場合は、話者の意味を捉えて

意味を等価にしていきながら

通訳することができます。


日本語対応だと本当にちゃんと通じているのかな?

口形も母音が同じだと間違って読み取るんじゃ

ないかと、本当に不安にかられます。

だから、日本語対応手話の通訳を希望される方は

字幕や要約筆記の通訳の方がより完璧に近い情報保障

になるのではと思います。

大阪の言葉と京都の言葉は、似ているけど違います。

出身ではない私にも、わかります。

そこにはそれぞれの文化を感じます。

それぞれ魅力があります。


「AとBは違うね、ほんとだね、

はっきり違いがあるね、

Aを使う人もいればBを使う人もいるんだね。」

私は、ただそう思うだけ。


違うことを違うと感じたと言っただけで

どうしてそれを「排除とか否定している」というように

捉えられてしまうのか、ずーーーーと疑問でした。


なぜ、そう感じてしまうのか?

感情論で話すのはもうそろそろ終わりにして

自分たちの心を丁寧に冷静に分析し

わかるように説明してくれませんか?


そうしなければ、溝や確執は深まるばかり。

何もいいことはありません。


排除された、否定されたと感じる人は

逆に相手のことを排除、否定してはいませんか?


どうしてそうなるのか、正直にわからないので

私はただ教えて欲しいのです。

舞台に立った時や、ワイプの通訳の

ように不特定多数の聴障者を対象にしたとき

どうすればよいのかと困惑している通訳者のためにも

お願いしたいのです。






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脳で見ることば☆

2012/10/12 14:56
よく「手話は目で見ることば」って言うけれど

・・・たしかにそうなんだけれど。

間違いじゃないんだけれど。


でも、音声言語をわざわざ

「耳で聞くことば」とは言わないよね。


だからなのか・・・

「手話は目で見ることばです!」って

以前は私もよく言ってたけど

最近、なんか、ちょっと違うんだよな〜〜って

違和感感じてしまって言わなくなってしまった。


私自身、音声で会話しているとき

わざわざ、「今は耳で聞いて会話をしているんだ」

という意識はない。


手話も最近は、わざわざ「今は目でみながら会話している」

とは思わなくなってきた。


思わなくなってきた・・・というのは

まだ手話がおぼつかないときは

「手話は目で見る言葉なんだ!」って意識して

まばたきもしないくらいにジイ〜〜と見て

ホントに目が充血して視神経やられたんじゃ

ないかと思うくらいに眼精疲労していたけど

だんだん手話がわかるようになってきたら

「目で見ている」という感覚がなくなってきた感じ。

でも、初めて会うろう者とか

読み取りづらいろう者の場合は

やっぱり目を凝らして見るけれど

いつも会っているろう者とは

目ではなくて「脳で見ている」という感覚に

近いかもしれない。


だから、目を凝らして見ているという感覚があるうちは

まだまだ・・・という事で


目を意識しないで脳で見ている感覚になってきたら

かなりいい感じで会話できているという目安になるんじゃないかな

・・・なんて、ひとり物思いにふける秋の夕暮・・・なのでした。






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変更の連続☆

2012/10/07 02:33
はや、10月になって1週間。。

今週も何やかやバタバタしていました。

仕事が溜まっていて処理に追われ、

通訳は4件、その合間にジムに行き

大学のインターネット授業の統計学で

頭はこんがらがり、

通訳者研修会では、じゃんけんに勝って

発表担当になってしまい、

サークルやろう協との連絡メール、

いろいろなやりとりにも追われました。


今週は、不思議と「変更」ばかり・・・

通訳も間近でキャンセルになったかと思いきや

別件の通訳と変更になり

もう1件の通訳は時間変更で、

またもう1件の通訳は、会場変更、

ジムもプログラムが変更になっていて、

サークルでは予定していたことが、

会場の都合で日程変更を余儀なくされ、

来週予定していた飲み会も日程変更で

立て続けにこんなことってあるんだな〜と

妙に感心してしまいました(@_@;)


でも、1週間終わってしまえば

全て何とかなっていて

ホント、何とかすればなるもんだわね、と

実感しました。


・・・というか結果からみると

変更前より変更後の方が

結局何かと都合がよかったりして

「人間万事、塞翁が馬」って

こんなことを言うのかな、と思いました。


今日の午後は、朝からのイベント通訳を終え

ある会場へ向かいました。

さすがに、1週間のドタバタを乗り切り

ホッとしたのか、講演中はグラグラと

船をこいでしまいました(^_^;)


でもそこで、大阪から来たろう者と会い、

先日大阪に遊びに行った話をしたりして

盛り上がり

また、新しい友人もでき

今度また会う約束をしちゃったりして

新しい出会いがありうれしかったです。


また、来週もみっちりな日々です。

なんでこんなに忙しいのかな?

何より自分の生活を変更しなくちゃ・・・

いけないのかも。
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何かが違う☆

2012/09/27 03:46
同じ手話活動をしている仲間でも

価値観というか、手話やろう者に対しての

関わり方、考え方が随分と違うのである。

先日、ある講座の同期会に参加した。

聴者9人、ろう者が2人参加。

毎回最初に、恒例の近況報告をする。


聴者はみな声を出しながらの手話だった。。私を除いては・・・

私が声なし手話で話し始めると

ある聴者が言った。

「声つけて〜。食べ物食べられないから・・!」とのたまった。

・・・・つまり、ゆっくりとおつまみを食べたいから、声付き手話で

やれというのだ!


(え!じゃあ、ろう者2人は、私の手話を見ている間、

いや、みんなの手話を見ている間は食べられなくてもいいの?)

とっさに、そう口に出そうになったが、とりあえずこらえた。

でも、気持ちがおさまらなかったから

「じゃあ、私の手話は見なくていいよ。」って言って

私は、声なしで手話を続けた・・・


長年、手話通訳をしている人でも

そんなもんだ。

そのあと、断片的にいろんな話題で会話が広がったが

「何かが違う」・・・・私はずっと、違和感を感じっぱなしだった。


ある通訳者には

「この人、ろう者の不幸探しが趣味なのか?」と感じたし

また、別の通訳者には

「この人、聴者に合わせてくれるろう者だけが好きなんだな〜」と感じた。


そしてもう一人の通訳者は、完全なるステレオタイプ。

あのろう団体は・・・あの通訳者は・・・みたいな、

ブログにはアップできないけれど

自分の先入観をそのまま、さも全てかのように発言していた。

あ〜〜、おそろしや・・・・。


かなりの違和感を感じて飲む酒は、

苦みだけが口に残ったが

私は、そういう現実を知ることができる場に参加できることは

幸いだと思っている。


・・・というのは、こうやって違和感を感じる自分を

再認識することによって

自分の価値観を確認することができるからだ。


彼女たちと自分は何が違うのだろう?

自己分析の材料になる。


話は変わるが、今度私の担う手話サークルで

地域の小学校の出前教室をろう協とともに

担当することになった。


内容をどうしていくか、簡単にろう者と担当聴者と相談した。


その中で、「疑似体験」について話が出た。

ろう者の疑似体験を、小学生にさせてみてはどうか?ということだ。


確かに、「障がい者の理解」という視点で、よくいろんな研修会などで

車イス体験とかアイマスクをして視覚障がい者体験、高齢者体験などを

やるところが多いようだ。


一見、いい方法に思えるのだが、実は私はそれも前から違和感を感じていた。

そして、その違和感が何なのかをズバリ言い当て、文章化している本に

出会った。「そうそう、これこれ・・・やっぱりそうなんだ。」

その本に出会った時、共感者を得たようでうれしかった。


その内容はというと・・・

疑似体験をした健常者は、結局障がい者の理解というよりも

「私、歩けてよかった〜。」「目が見えてよかったわ」「耳が聞こえてよかった」

という感想が強く残り、あとはやっぱり「障害者ってかわいそう」の

イメージを強化するだけになってしまうことが多いらしい。


実際に私が受けた盲ろう講座でも疑似体験をしたが

正直言って・・・

「ああ〜、盲ろう者って大変だわ。目が見え、耳が聞こえるって幸せだわ」

と感じたし、さらに「ろう者は見えるからまだいい方ね」と私も思ったし

一緒に講座を受けたろう者も聴者も、異口同音にそう話していた。


結局、盲ろう者は大変=(イコール)、介助は大変!

となってしまう。


だから、介助通訳する人って

人のお世話が大好きな慈善的な親切心の強い人しか

最後は残らないんじゃないだろうか?


私はもっと、自分たちの身近にそういう人たちがいるという事を

伝え、簡単な通訳とか介助通訳は

誰だってできるんだよ!ということ、


さらには、さまざまな障がい者とか高齢者とコミュニケーションを

とることはとても楽しくて、ワクワクすることなんだという事を

もっと伝えていくべきなんじゃないかって思う。

・・・もちろん、不便さも伝えた上で、だけれども。


障害者との間には、最初は必ずバリアがある。


どう接していいかわからず躊躇してしまう。

尻込みしてしまう。

そのバリアを解きほぐすような働きかけが

大切なのではないだろうか。


現在では、車椅子バスケットの世界では、健常者が車椅子バスケを

楽しみ、健常者の車椅子バスケチームもあるらしい。

きっと最初のきっかけは

「一緒に車イスバスケやってみない?楽しいよ〜」って

ことから始まったのではないだろうか?

車イス、イコール介助!だけの概念だけを伝えてしまったら

「車椅子バスケを、一緒に楽しむ」なんて発想にはいかないと思う。



そしてもう一つ、バリアについてはっきりと裏付けがある。


私が、手話に関わりのない人に「手話をやっているんです」というと

おそらく10人のうち9人の人から「えらいね〜。」とか「すばらしい。」とか

褒められる。


つまり、その言葉の裏には

「耳の聞こえない人との付き合いだなんて、大変だろうに・・・」

という気持ちがあるから「偉いね〜」となるのではないか。


私はちっとも偉いだなんて思ってやしない。

ただ、楽しくてやっているだけだから!


それより逆に、「手話を知らない人って、かわいそう〜〜〜」と

思っているくらいだ!(^.^)



障がい者のことをどう伝えていくか

また、ろう者はどう伝えてほしいのか

あるイミ、プロデュースしていくことは

「障害者」のイメージを聴者の潜在意識の中に植え付けていくことだし、

これからのろう者やろう児の生活に大きな影響を与える

大きな問題だと感じているのだけれど、考え過ぎだろうか。


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ひたむきに☆

2012/09/22 00:39
ここ1週間の間に、2作品の芝居を観劇しました。

2作品とも手話関係です。


それぞれにおもしろく、また見応えあるシーンも

あったりしていろいろな意味で刺激になりました。


芝居や映画、あらゆる芸術作品を見ると

それを創造し、形にし表現していくって

本当に素晴らしいなあといつも思います。


作者の作品を連続で見続けると、前回の作品との比較も

できて、作者の成長ぶりとか、変化、さらに伝えたい事の思いとか

徐々に深く理解できるようになって

作品の見方も、より細部を見るようになっていく、

そんな自分自身の変化を感じるのもまた、おもしろいです。


作品には、その作者の魂というか強いメッセージが

込められています。

その思いが強くて、ひたむきに作った作品であればあるほど

こちら側にも強く響いてきますし、

そうでなければそれなりで・・・

お客さんの反応は、とても正直なんだろうな〜と思います。

私は、話題を狙った作品よりも

ひたむきさを感じる作品が、良し悪し関係なく好きです。

いまいち、表現力が足りなかったり、伝え方がイケてなくても

ひたむきさが伝わってくると、次、頑張れ〜と応援したくなってしまいます。

「ひたむき」・・・

失敗してもいい!

「自分の思いを形にしていきたい」

それは、もしかすると芝居や映画、美術関係じゃなくても

あらゆる仕事を「芸術」の域にまでしていくことが

できるのかもしれません。


スポーツ選手、例えばイチロー選手も、野球を芸術の域にまで

上げていった人ではないでしょうか。



手話通訳者でも、「あの人の通訳はすばらしい。

あの人の通訳を見たい。」と言われるようになったら

それもある意味、その通訳者は「芸術」の域に達しているのかもしれません。


・・・で、私は・・・・というと、まだまだ芸術の「げ」の字もありません。


昨日は、ひさびさの読み取り通訳で

講演者の容赦ないスピードある日本手話にただただついていくのが

精一杯でありました(^_^;)

意味はつかめて、的確な日本語がのど元まで出かかっているのに

言葉が出てこない。

「あ===、え〜〜と!あれあれ何だっけ?」と考えてると

どんどん話は進んでいくので、結局ベタな日本語を選択してしまう。


同時読み取り通訳で、特に手話の早い人の場合は

まるでジェットコースターに乗っているかのような

気分になります。

ガ――ッと登って、ゴォーーッと下って、グルグルッと回って

到着したら、ハアハア言ってるみたいな。

ゆっくりと考えている暇などなく

どんどんどんどん、かなりのスピードで進んでいく感じです。

本物のジェットコースターよりスリル満点!

かもしれません。

でも、そんなスリル感が刺激的で面白くて

やっぱり、手話通訳やめられない・・・のかな



せめて今は、ひたむきに伝えることを大切にする

通訳を目指していきたいと思います。





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